RAISING MY VOICE 007

    2010.03.03 Wednesday
CHAPTER 1
THE ROAD FRON FARAH

 私は1978年4月25日に、西アフガニスタンの山々が連なるAnardara地方のZikenという小さな村で生まれた。三日後のソビエト介入のクーデターが、私たちの生き方を永遠に変えた。一年以内に私たちは占領された国となり、そしてその時以来、戦争が全てであるとアフガニスタン人は知ったのだ。

 私は10人の子供の中の二番目であり、7人の娘の中では一番上であった。私の家族はかなりの貧困に苦しんだが、決して不足しなかった唯一の必需品は愛であった。しかし私たちはしばしば恐怖におののきながら暮らしていた。私の一番幼い頃の記憶のひとつは、警察官が私の父を捜し求めて家を捜索している間、母の足にしがみついていたことだ。彼らは手がかりを探して、引き出しやスーツケースの中身を全て空っぽにしながら、マットレスや枕を引き裂きながら、上へ下へと場所を変えた。しかし私の母もまた、彼が何処にいるのかわからなかった。彼はソビエト侵攻に対して、ムジャヒディーンと一緒に闘った時、片方の足を失った。その時彼はアフガニスタンを捨てなければならなかった。私の家族は、彼がイランで亡命者として生きていると思ったが、しかし、何ヶ月も彼の噂を聞いたものは誰もいなかった。すでに、近所の人たちは私の母のことを未亡人と呼んでいた。私の祖父は希望を見失ってはいけないと母に言っていたが、しかし私の父が生きているのか死んでいるのか彼らは本当にわからなかった。



コメント
毎日読ませていただいています。(プレッシャーになりますか…?笑。)彼女の語りを聞いている気分になります。そういえば、題が"raising my voice"ですね。raise ということばに、彼女の語ることの深刻さを感じます。
  • bud_a
  • 2010/03/04 10:50 AM
▼bud_aさん

ありがとうございます。
1頁を訳すのに、2時間ほどかかるので
仕事終ってからするのも、なかなか大変です(笑)
だから今日はお休みです。

  • Hull
  • 2010/03/04 10:22 PM
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