山の声
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2011.01.23 Sunday
ゴウゴウと風の音だけがする。舞台は真っ暗。荘厳な曲が流れる。足音がする。ドサっと重たいものが床に落ちる音。舞台はほんの少しだけ明るくなり、人影が見える。雪が両横から入ってくる。どうやら小屋の中のようだ。雪まみれになった人が入ってきたのだ。体から雪を払っている。手をこすり顔を丹念に擦っている。音楽は次第に小さくなりそれに合わせて舞台は顔形が判別できるほどに明るくなってくる。美しかった。音楽と暗闇と人影とわすかな光が、これから織り成す物語の品性を表しているように感じた。
僕はこの芝居がどんな話なのか全く予備知識もなしに、劇団や脚本家の背景も何も知らずに、僕は観た。新田次郎の「孤高の人」のモデルである加藤文太郎という昭和初期の登山家の話だったのだ。舞台には加藤文太郎とそのパートナーである吉田富久という人物がだけが登場する二人芝居だ。
二人は荒天のためにこの小屋に避難してきたようである。荷物は下の小屋に置いてきたために僅かな食料と燃料しか手元にない。そこで二人は寒さを我慢しながら食べ物の話から、家族や会社の話、そして登山について語り合う。やがて単独行動ならこんな結果にはならなかった、今回の登山は山を舐めていたと話になったあたりから、「山が呼んどる」といつのまにか槍ヶ岳山頂を二人は目指して歩いている場面にシフトしていく。この小屋に現れるまでの話であるはずだ。
槍ヶ岳山頂へはたどり着いたものの、雲行きは次第に怪しくなりレンズ雲が消えた途端に猛吹雪となる。舞台は上から右から左から雪は吹きすさぶ。その中を二人は這いつくばって進んでいく。寒さで朦朧となった吉田を庇いながら前進する加藤であったが、やがて…。
この最後のシーンも美しかった。薄暗い舞台の上に延々と吹きすさぶ雪。倒れてしまった加藤の上にも容赦なく降り積もる雪と、そしてその時間。短い時間であったはずなのに、今思い返せば、何時間もその場面を眺め続けていたような気もする。
主観的な時間だけがそこにあった。
- Theater
- 20:56
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Posted by 門哉彗遥