七時やで七時!はよおきんかい!

    2011.02.20 Sunday
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     ウィングフィールドで空晴「いつもの朝ごはん」という芝居を観てきた。


    日常茶飯事の家族の営みは、その最中にある時は何も感じない当たり前の出来事で時には煩わしかったりするが、そこから巣立ちまだ志半ばの時には、それがとても懐かしくその情景の中に戻りたくなることがある。


    「いつもの朝ごはん」はそんなモチーフの芝居だったように思う。


    「七時やで、七時!早よ起きんかいな。いつまで寝てるねん。早よ朝ごはん食べ。うるさいな。もう遅いからいらん。何言うてんねん。食べていき。いらんっていうてるやろ。はい、お茶碗取んにおいで。はい、味噌汁。いっぺんに二つも持てるかいな。」


    そんな会話が冒頭にあり、最後にも再び演じられる。こんな普通の会話なのに、最後の場面では何故かジーンとくるあたり、いいツボを押さえられてしまった感じだ。

    八月のシャハラザード

      2011.02.12 Saturday
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      劇団大地の牙の「八月のシャハラザード」というお芝居を観てきた。

      ---貧乏劇団の貧乏役者(天宮亮太)が海で死んだ。水死体役の練習をしている時に波にさらわれたのだ。水着で浮輪を携えた姿の亮太は夕凪という案内人に連れられ、あの世へと向かうシャハラザードという船に乗せられそうになるが、恋人(ひとみ)に一目会わなければ死ぬに死にきれないと、逃亡する。その頃、強盗犯(川本五郎)が、仲間に裏切られ瀕死の状態。そんな二人が偶然出会い…。亮太の恋人への想いと、川本の裏切られた仲間への復讐心が重なり、劇団員を巻き込んだ騒動へと展開していく。---

      とても有名な芝居であったようだ。ネットで検索するといろいろなところで再演されている。キャラクターがはっきりしているので、やりやすいからだろうか。高校や大学の演劇部なんかがやってみたいと思うようなストーリーだ。

      演出にもよると思うが、少しアニメチックに感じた。ファンタジーだから仕方ないとは思うが。でも、「死」に対するレスペクトが感じられなかった。葬儀の後で、いくら友人だったとしても亡くなった人の悪口を言うだろうか。恋人が亡くなったことがいくら信じられないとしても、現実感がないとしても、あっけらかんと笑ったり、一緒になって悪口を言うだろうか。このあたり観ていてしらけてしまった。いくらファンタジーでも超えてはいけないリアリティの喪失だ。

      お芝居というのは、このあたりは演出でどうにでもなるのだろうか。それともこれは脚本の問題なのだろうか。現場を知らない僕はわからない。

      そうそう、強盗犯川本五郎役の西村昌広さんは、なかなかカッコ良かった。昭和のギャングって感じで、ドキドキした(笑)。それとその仲間の梶谷役の南田明宏さんも、小心者の感じが良く出ていて、味があって良かった。



      大人は、かく戦えり

        2011.02.11 Friday
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        大竹しのぶ主演「大人は、かく戦えり」という芝居を観てきた。

        舞台には、二組の夫婦が登場する。子供の喧嘩の後始末に折り合いをつけようと、大竹しのぶと段田安則が演じる被害者側の家に、加害者側の高橋克実(レッドカーペットの人)と秋山菜津子が訪れているという設定だ。二組とも地位も教養もあるので、冷静かつ友好的な大人な態度で話し合っているが、次第に化けの皮が剥がれていき、罵倒合戦へと展開していく。さらに夫婦ケンカが始まったり、三人で一人を攻めたり、男対女になったりと敵味方の人間関係がシフトしていく。そしてやってられないと四人は酒を飲みだし、ゲロを吐いたりと、さらに泥沼と化していく。

        切符を購入したのが遅かったので、一番後ろの25列目になってしまった。役者の顔はあまり見えなかったけれど、観客席はよく見渡せる位置だった。観客の反応はやはり前の席のほうが良く、始まってすぐの頃は前のほうから笑い声がよく聞こえてきていた。しかし、中盤頃には会場全体に「笑い」が浸透していき、僕の後ろに立っていた会場案内係の女性まで大きな声で笑っていた。(ちょっと耳障りだった。)

        「笑い」の波に乗せられてしまうと、なんでもないことまで自然に笑ってしまっている自分がいる。凝り固まっていた脳と心をほぐされていく感じだ。とても幸福な時間の過ごし方だった。


        大阪マクベス!!!

          2011.02.06 Sunday
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           「大阪マクベス」観てきました。案の定、橋下批判のお芝居でした。いや、「橋桁ノボル」っていうひとが主人公でしたけど。

          10年後の大阪でのお話です。三期務めた橋桁は、いよいよ大阪市をつぶして関西州大阪都を作ることに成功します。その大阪市には「下田三助(島田紳助?)」が市長としてヨシモトから送られていたのでした。

          そして州知事には「高井屋十一(堺屋太一?)」が収まる予定でしたが、下町で出会った魔女の三人にそそのかされ、州知事になろうとします。そして橋桁は…。

          様々な人物が登場します。「宅間勝代(勝間和代?)」「小鼠偏一郎(小泉純一郎?)」「西河(西川きよし?)」「横山ノック」「桟敷さかびん(やしきたかじん?)」などなど。

          お芝居としてはハチャメチャで整合性がないような気もしますが、橋下嫌いには、やんややんやの拍手喝采もんです。彼のファシズムなところがよく表現されていると思います。府民の怒りをよくぞ芝居でやってくれたって感じです。(ほんまに橋下は支持率が70%以上もあるのでしょうか。とても信じられないです。)

          橋下にも観てほしいですが、彼がこれを観ると「法的手段をとるぞ」と脅しそうですね。芝居の中にも、この劇をやったばっかしに劇団つぶされてホームレスになったという台詞がありました(笑)

          明日が楽日です。場所は伊丹のAIホール。15時からです。平日のそんな時間に行ける人は少ないとは思いますが、機会があればどうぞ。

          http://www.ne.jp/asahi/gekidan/taiyozoku/

           


          まだ「山の声」から離れられない

            2011.02.05 Saturday
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            良い芝居を観た後は、いつまでたってもホカホカと心を温めてくれるような気がする。くじら企画の「山の声」は未だに僕の心の一部を占めている。その原案となった「孤高の人」を読み終えて、「山の声」の脚本も読んだ。加藤文太郎の「単独行」という本も手元に今日届いた。

            「孤高の人」では加藤文太郎の孤独について多くの描写があった。孤独を追い求めながら孤独から逃げようとする冬山でのロンドのような戦い。無性に誰かと語りたくなるがそこには誰もいない。生き物が一切存在しないのだ。しかし生身の人間が観ることができないほどの荘厳な景色がそこに繰り広げられる。

            孤独って何なんだろう。身近なほんの数人が居なくなるだけで、もう僕は孤独だ。孤独に向きあえば向き合うほど、孤独であることが鮮明に浮き上がってくる。どうすれば孤独であることを忘れられるのかということを考え始めた時から孤独が始まる。

            愛妻家であり子煩悩であった加藤の人柄やその人生をもっと知りたくなった。これから「単独行」を読んでみようと思う。

            さて、明日は「大阪マクベス」を観に行く。ポスターの図柄はどう見ても大阪の知事のように見える。そう、あのなんでもお金でしか物事を考えることができない独裁者がマクベスってことなんでしょう。かなり楽しみだ。


            山の声

              2011.01.23 Sunday
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              ゴウゴウと風の音だけがする。舞台は真っ暗。荘厳な曲が流れる。足音がする。ドサっと重たいものが床に落ちる音。舞台はほんの少しだけ明るくなり、人影が見える。雪が両横から入ってくる。どうやら小屋の中のようだ。雪まみれになった人が入ってきたのだ。体から雪を払っている。手をこすり顔を丹念に擦っている。音楽は次第に小さくなりそれに合わせて舞台は顔形が判別できるほどに明るくなってくる。美しかった。音楽と暗闇と人影とわすかな光が、これから織り成す物語の品性を表しているように感じた。


              僕はこの芝居がどんな話なのか全く予備知識もなしに、劇団や脚本家の背景も何も知らずに、僕は観た。新田次郎の「孤高の人」のモデルである加藤文太郎という昭和初期の登山家の話だったのだ。舞台には加藤文太郎とそのパートナーである吉田富久という人物がだけが登場する二人芝居だ。


              二人は荒天のためにこの小屋に避難してきたようである。荷物は下の小屋に置いてきたために僅かな食料と燃料しか手元にない。そこで二人は寒さを我慢しながら食べ物の話から、家族や会社の話、そして登山について語り合う。やがて単独行動ならこんな結果にはならなかった、今回の登山は山を舐めていたと話になったあたりから、「山が呼んどる」といつのまにか槍ヶ岳山頂を二人は目指して歩いている場面にシフトしていく。この小屋に現れるまでの話であるはずだ。


              槍ヶ岳山頂へはたどり着いたものの、雲行きは次第に怪しくなりレンズ雲が消えた途端に猛吹雪となる。舞台は上から右から左から雪は吹きすさぶ。その中を二人は這いつくばって進んでいく。寒さで朦朧となった吉田を庇いながら前進する加藤であったが、やがて…。


              この最後のシーンも美しかった。薄暗い舞台の上に延々と吹きすさぶ雪。倒れてしまった加藤の上にも容赦なく降り積もる雪と、そしてその時間。短い時間であったはずなのに、今思い返せば、何時間もその場面を眺め続けていたような気もする。

              主観的な時間だけがそこにあった。


               


              いやいやながら医者にされ

                2011.01.23 Sunday
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                昨日、新長田の劇団どろの芝居を観てきた。

                喜劇だというが、17世紀(日本では江戸時代初期)に作られたフランスのモリエールの作品が、果たして現代の日本でも喜劇として通じるのかどうか疑問だった。劇団四季のマンマ・ミーアを観た時でさえ、アバの曲が演歌調に聞こえるのが許せなかったぐらいであるから、途中で寝てしまう場合も考慮に入れて、僕は端の座席を選んで鑑賞した。

                しかしその予想は裏切られた。軽妙なテンポで展開していく舞台に引きずり込まれ、どんどん魅せられていった。無理やり医者にさせたれた主人公は、酒好き女好きで口から出るのはデマカセばかり。しかしそれが功を奏して引き裂かれていた若い男女の仲をとりもつことになる。いい加減な男だけど憎めないキャラクターは、まるでジョニー・デップが演じる海賊のようで、魅力的だった。






                青眉の人

                  2010.10.11 Monday
                0
                   

                  十日、お芝居を観た。演劇集団よろずやの「青眉の人」だ。明治から昭和にかけて生きた上村松園という女性日本画家の一生を描いた作品である。場所は谷町四丁目にある山本能楽堂で、音楽や効果音はすべてギターや二胡、能管に小鼓などの生演奏。主演の竹田朋子さんは、mixiのマイミクでもあり、彼女が出演している作品を拝見したのは、これで三度目であった。

                  結論から言うと、格調が高く、凛としたものを感じる本当に素晴らしい舞台だったと思う。竹田さんは上村松園の娘時代から七十四歳の最期までを、舞台に出ずっぱりでメイクも衣装も変えることなく演じきった。不思議なことに、竹田さんの体はだんだん小さくなっていき、髪の毛は黒いはずなのの白髪に見え、顔は皺だらけのように見えてくるのだ。

                  舞台は、松園のアトリエ「棲霞軒」(松園の実家、葉茶屋「ちきり屋」の二階)となっていて、上手の切戸口が一階へ通じる出入り口、下手の橋掛かりは異界へ通じる道と設定されていた。その橋掛かりから、九十九神たちが現れ松園にちょっかいをかけたり、松園の絵のモデルたちである清少納言、楊貴妃や光源氏の恋人六条御息所やたちが「私を描いて」と現れ、松園と旧知の間柄のように交流していく。そして、その橋掛かりからは、次第に亡くなっていく松園の師匠や兄弟弟子たちが現れるように、やがて幼い松園を抱いた母親まで登場してくる。そんな異界の人たちとのコンタクトを通じて松園の内面まで描いた幻想的なお芝居でもあった。

                  明治という時代に、女性の松園が絵を心おきなく没頭することができたのは、女手一つで育ててくれた母の支えがあったからで、母の愛が彼女の作品を生み出したと言われている。だから鬼籍に入った母親が登場するシーンは大きく心を揺さぶられるのだ。六十歳近くになった松園が、自分の年よりも遥かに若い母に「おかあさん」と身を寄せ、子供に戻りつつもやはり六十歳である松園を三十代の竹田さんが演じている。この複雑な交錯自体も凄いぞと感じた。

                  松園は七十三歳で女性として初めての文化勲章をもらう。そしてその報告を娘夫婦たちから聞き終わったあと、そのままゆっくりと倒れこんでしまう。そこへ九十九神たちが、「しょーえん、あ・そ・ぼ」と橋掛かりから呼びかける。「もーいいかい?」と呼びかけると、「まーだだよ」と言って松園はついとたちあがる。一瞬で娘の松園に戻るのだ。僕は何故か鳥肌がたった。思わず山本能楽堂を天井を見上げた。きっとこの能楽堂に上村松園は来て、何処かで見ていると何の脈絡もなくそう思ったからだ。

                  三十五年ほど前、僕は上村松園の画集を買ったことがある。年賀状に美人画を描こうと思ったからである。それからずっと上村松園のことは忘れていた。ああ、あの画集は何処にいったのだろう。




                  やわらかい服を着て

                    2010.10.03 Sunday
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                    防弾チョッキとか軍服などを身につけないという意味だろうか。あるいは、自分だけの考えに捉われず、しなやかに生きよということなのだろうか。

                    このドラマには、イラクへの人道支援を本気で考え行動するNGO「ピースウィンカー」の若者たちの姿が描かれている。その純粋さゆえ、代表の栗原は会社を退職し、結婚の為に購入したマンションを手放し、全財産をNGOの為に注いでいく。しかし周囲の人々の無理解や無関心は、やがてNGOの中でさえも軋轢を生むようになる…。

                    劇団ひまわりの研究科中間公演として発表されたものだった。やはり永井愛さんの脚本は素晴らしいと思う。台詞を噛む場面が何度かあったが、それでも感動させられたのだ。クレシェンドしていく舞台に心を奪われていき、2時間15分があっと言う間に過ぎて行った。彼らの熱演に拍手を送りたい。

                    残念だったのは、ギターが下手くそだったのと、音楽がすべてミスチルの曲をそのまま使っていたこと。ギターはクリアな音が出るように練習して欲しかった。ミスチルの曲を使うのなら、せめてアレンジされた歌詞のないものが良かったと、僕は思う。





                    遠くの戦争〜日本のお母さんへ〜

                      2010.09.20 Monday
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                      久々に鉄人の街に行ってきた。その商店街の建物の一室で朗読劇があったのだ。客席は階段状に五段で、それぞれ八つのパイプ椅子が並べられていた。僕は一番前の上手側に座った。舞台は黒で統一されており、舞台の中央が二段高くなっていて椅子が一台ずつ置かれ、両脇にも椅子が数台、僕の目の前に三台置かれている。天井に設置されている照明は様々な方向を向いていて客席に向かっているのもある。そして真正面に廃墟のようなモノクロの写真と共に「遠くの戦争〜日本の母へ〜」とプロジェクターで映しだされていた。

                      時間になると代表の方が登場して、ゆるい話があった。朗読劇なので眠たくなるかもしれないが、そんな時は寝て下さいと。でも鼾はかかないでくださいとのことだった。実は僕自身もそれを心配していたが、しかし、とてもそんなレベルの芝居ではなかったのだった。

                      登場した役者の人たちは様々な年代の方が入り混じっていて、それだけで何かほっとするようなものを感じた。物語は、日本の里親である女性ととレバノンに住むパレスチナ難民の男の子との手紙のやりとりが基軸となって展開していく。母とその男の子だけは一人一役だが、総勢六〇数人の登場人物があり、多い人で一人六役ぐらいを兼ねていた。しかし、混乱させられることもなく、それぞれのキャラがしっかりたっていて、充分伝わってくるものがあった。

                      母は月々5000円をレバノンの里子に届けている。しかし、パートの勤めを二つこなしながらやっとの生活を日本で送っている。離れて暮らす本当の息子は、正社員を目指し派遣の仕事をしていたが、やがて首を切られる。5000円も里子に支払っている余裕なんてないだろうと母に詰め寄る。「貧困層にとって平和よりも戦争があるほうが、失うものが何もない貧困層にとって、チャンスになるんじゃないか」、と赤木智弘氏の言葉を織り交ぜながら物語は進んでいき、やがて息子は自衛隊に入隊することになるが…。

                      この他にも様々な物語が織り込まれていく。過労死した息子を持つ母。トラックの運転手としてイラクに派遣され、被爆した貧困層のアメリカ人。虐殺された村を取材をした時に、戦車の上でビーチパラソルをひろげくつろいでいるイスラエル兵を見て、泣きながらその場を去った広河隆一。里親運動を展開する広河に対して、「子どもに菓子をやるな。甘やかせば銃を持たなくなる。」と暗殺命令を出す過激派。その過激派の事務所にデモをするパレスチナの母親たち。沈黙を破り、無差別にパレスチナ人を襲撃したと証言するイスラエル兵。それを取材した土井敏邦。その他にも雨宮処凛、堤未果、大江健三郎という役名の人物も登場し、著書が引用されていく。

                      貧困、労働、自殺、戦争、様々なことがLINKして、幸せってどういうことなんだろうと考えさせられる。2008年12月27日から翌年1月17 日までのガザへの攻撃で亡くなったパレスチナ人は約1400人。日本の1年間の自殺者は約3万人であるが、それをガザ攻撃の22日間へと換算すると約 1800人。戦争がないはずの日本のほうがガザよりも死者が多いこの現実に、あらためて打ちのめされる。諸外国との戦争はなくとも、それは引き籠りとして、ニートとして、そして自殺として、内なる戦争は起きているということだと、この芝居は伝える。

                      先日も玉本英子さんの講演会で、今のイラクの様子を聞いてきたが、その中で一般家庭を取材した映像があった。中流よりは少し上の家庭らしいが、少なくとも僕の生活よりも裕福であると感じられた。アメリカや多国籍軍にさんざん破壊されてきたあのイラクなのにだ。電気は一日数時間しか通電しなく、水は時々止まるような生活なのにだ。ひとつひとつの部屋は広く、電気製品もあふれ、突然訪問した玉本さんたちにケーキや飲み物を出す余裕まである。これが上流家庭となると、家は総大理石となって、日本の上流家庭などとは比べ物にならないらしい。

                      日本は外国と比べて見ても、本当は経済的に見ても裕福じゃないのだ。その上自殺者が年間三万人という心の貧困さまで加わっている。日本人は、あのマトリックスのように、何か虚像を見せられて生きているのではないかと思えてくる。目の前にあるものを疑わなくてはいけない。

                      里子に送る最後の手紙の中で母はこう綴る。
                      「日本にはたしかにパレスチナと同じように爆撃を受けた広島があるが、いまの日本は人の痛みを感じないイスラエルに近づいてきている。」と。



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